日刊、あまりにも日刊な
最近「日刊〜」と銘打ってPosterousで日記を書くのがバズっている。
が、悲劇的なくらいひねくれ者なのでそういうウェーブにはのっかんない。というか、日常的なログはTwitterで流しているし、だいたい私はほぼ毎日ミクシィを更新しているのだ。一体これ以上何を書けと、という気がする。
でもまあ、時には独白に次ぐ独白を書いてみても良い。
最近はTwitterのフォロアー数が増えてきてうかつなことは書きにくくなっているので、こちらの方はフィード経由で流さないという古風なスタイルにしてみようかと考えている。
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最近「断捨離」というものが流行しているようだ。
モノを減らすことで、ココロを豊かにする。
そういった考え方は「禅」の考え方に近いモノがあるし、非常に共感できる部分も多い。
でも、気になるのは「断捨離」にとらわれすぎている、こだわりすぎている人がいることだ。
それって、モノへの執着という一つのこだわりを捨てる代わりに、別のこだわりを引き受けているだけじゃないのかな、という気がしてしまう。そういうのってちょっと寂しい。
私自身あんまり物は買わないし、デジタルグッズもすぐにはおっかけない。だから、家の中にはそれほどものは多くない。が、本は大量にある。
しかしながら、私自身は全然「大量」と思っていない。置き場所に困ることはあるものの、それが「心の重荷」になっていることはない。むしろ、そういう状況を楽しんでいる。「さて、どこに本棚を増やそうか」「どんな風に陳列しようか」てな感じだ。
どうあがいたところで、人生というのは不条理な物の連続性の中からは逃れられない。であれば、自分なりの楽しみを持つことこそが、よりどころにつながる。ある人々が「物を捨てる」ことに楽しみを持っているのは別に個人の趣味だからかまないのだが、だからといって大量に本を持っているのを「ココロが貧しい」なんて表現されるのは、ちょっとなぁ・・・と思う。
まあ、何にせよ「とらわれすぎない」のが重要だと思う。目を近づけすぎると全体像が見えなくなる。ドットに中止すれば画面が見えない、というのと同じだ。
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日刊ほにゃららの最大のポイントは「タイトルをつけなくてよい」ということに気がついた。それはTwitterでも同様だ。
ブログって結構タイトルに悩む。コンテンツを書き出す前に書くこともあれば、書き終えてからタイトルをつける場合もある。どちらにせよ、そんなに「簡単」な作業ではない。実質的には1分とか長くても5分くらいでタイトルはつけられる。しかしながら、結構脳のパワーは消費していると思う。
そういう作業から解放されるのだから、比較的取っつきやすくはあるだろう。でも、それだけだと「ブログ力」はつかないな、と思う。
なんといっても、タイトルをつけることもブログ的作業の一つである。原稿の執筆から編集まで一人でこなすというのが、この広大なネットの世界で孤独に作業するブロガーの宿命の一つでもあるし、その孤独さ故に見つけられる強さ、というのも確かにある、なんて書くとちょっとおおげさかもしれないが。
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だいたい、私に好き勝手に文章を書かせると「長く」なる。
文章を書くのが好きだから、こういう立ち位置にいるわけだから当然だ。特に生産的価値をまったく意識しない文章はすらすら書ける。ちなみに、現在5:18だが、書き始めは5:00ぐらいである。書き始めから、ここまで一切タイプは止まっていない。まあ、だからなんだと言ってしまえばそれまでだが。
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と、とりあえずここまで書いてみて、この「チラ裏」はもうやめようと思う。本当に誰の得にもならないし。

